1975年に創始された“特美” その創始者の思い

1975年――まだ「エステティック」という言葉すら日本に浸透していなかった時代。
美容は“贅沢”と捉えられ、専門技術として確立されていない黎明期でした。
そんな時代に、未来の美容文化を信じ、誰よりも早く挑戦を始めた二人がいました。
一般社団法人 日本全身美容協会 創設者・松本正毅 と、石井髙子 です。
松本は目黒、石井は青山。
まだ“エステサロン”という概念すら珍しい時代に、それぞれ独立して美容技術の研究と実践をスタートさせました。
当時の顧客は口コミだけ。
広告もSNSもない時代です。
マッサージ指圧国家資格、美容師国家資格、INFA国際パスポート、USA NY エステ専門課程卒業、ドイツTroschka Sch、英国Christine Show各エステ学校技術研修受講、シュウウエムラメイクアップアーティストコース終了
しかし、ある一人の女性の言葉が、後に日本美容史の流れを変えるきっかけとなります。大阪から定期的に青山へ通っていた女性が、施術後にこう口にしました。「遠方から来ているのだから、もっと一度で結果を出せないかしら――」この言葉に石井は強く心を動かされます。
“癒し”ではなく、“結果を出す美容”へ。そこから、常識にとらわれない研究と技術開発の日々が始まりました。筋肉、リンパ、脂肪、皮膚構造。
解剖学的な視点を取り入れながら、何千回もの試行錯誤を重ね、やがて特美独自のボディ技術「脂肪のつまみ出し」が完成します。
その技術は瞬く間に評判となり、テレビ・女性誌・美容専門誌など数多くのメディアが注目。時代を代表する女優、文化人、著名人たちが青山へ通うようになりました。
そして1980年。特美は、日本国内だけでなく世界へ向かう大きな転機を迎えます。石井はニューヨークのエステティックスクールへ留学。
当時のニューヨークでは、エステティシャンとして開業するために専門教育課程の修了が必須とされており、日本より遥かに進んだ美容教育文化が存在していました。ある日、昼休憩中に石井が学友へ施術を披露したところ、その圧倒的な手技に講師陣や学長までもが驚嘆。
「なぜ日本にこんな技術があるのか」校内で大きな話題となります。
その評価は、世界的美容組織「CIDESCO U.S.A大会」への正式招聘へと繋がりました。まだ“日本のエステ”が世界で知られていなかった時代。日本人女性の繊細な感性と職人技から生まれた“特美”は、世界へ挑戦した数少ない日本発の美容技術だったのです。
そして現在――
50年近い歳月を経てもなお、彼女ら3人によってその哲学と技術は受け継がれ、進化を続けています。
単なる美容ではなく、「人生を美しく整える文化」として。


特美 講師
準備中
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